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水簾洞ブログ

柳都、柳の実の稔ころ

10月10日、

第66回菊池寛賞を松任谷由実が受賞し

荒井由実は文化になった。

そういえば、

柳がでてくる歌となると、

荒井由実時代の作詞作曲「卒業写真」ですね。

この歌の風景はいつ頃なんだろう・・・・

話しかけるように  ゆれる柳の下を

通った道さえ今はもう  電車から見るだけで

あの頃の生き方を    あなたは忘れないで・・・・

ヤナギの木の実がこぼれ続ける

そんな、

柳都の名をもつ柳の町 新潟市を

あの太宰治が新潟駅から県高(新潟高校)までの道すがら

「みみずく通信」」と題して書き綴っている。

その、

太宰治が現在の新潟市を訪れたなら

もしもし「ここは何という町ですか」と

行く先々でニヒルに尋ねたに違いない。

イオン、ユニクロ、西松屋、

新潟市は何処にでも転がっている つまらぬ町になった。

ありふれちっまった悲しみは  ユニクロパンツのタグのよう

ありふれちっまった悲しみは  イオンの車場に捨てちまえ

ありふれちっまった悲しみは   西松赤子の手をひねる

時代の流れで掘りという掘りをすべて埋め尽くした

それはそれで

仕方がないことだったが、 今となって

堀があった方が良かったかなぁって思う。

堀沿たいのヤナギ並木をとおし

新潟市の良さを若い人たちに感じて

もらえぬことがとてもすまないと感じる今日の午後です。

勢い溢れる若い時期には

人も町も本当に大切なものは見えないのかもしれん。

自分の記憶している昭和30年の新潟市内の

掘りという掘りは ごみのただようドブ川であった。

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